東京高等裁判所 昭和25年(ネ)1034号 判決
訴外極東産業株式会社が国(特別調達庁)に対して有していた売渡代金二十六万六千五百八十六円五十銭(JPNY四五一七フイラバインダーペーパーの納入代金債権残額)を昭和二十四年二月十四日被控訴人へ譲渡する旨の行為はこれを取消す。
被控訴人は控訴人に対し金十七万六百八十六円五十銭及びこれに対する昭和二十四年九月二十日から完済に至る迄年五分の金額を支払へ。
控訴人のその余の請求を棄却する。
控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
この判決は控訴人に於て金五万円に相当する担保を供するときは第一、二項第四項を除き仮に執行することが出来る。
二、事 実
控訴代理人は原判決を取消す、訴外極東産業株式会社が国(特別調達庁)に対して有していた売渡代金二十六万六千五百八十六円五十銭(JPNY四五一七フイラバインダーペーパーの納入代金残額)を昭和二十四年二月十四日被控訴人へ譲渡する旨の行為はこれを取消す、被控訴人は控訴人に対し金十七万千七百八十二円五十七銭並にこれに対する昭和二十四年九月二十日から完済迄年五分の金額を支払へ、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする旨の判決並に仮執行の宣言を求め、
被控訴代理人は本件控訴はこれを棄却する旨の判決を求めた。
事実関係は、原判決の事実に記載してあるとおりであるからこれを引用する。
<立証省略>
三、理 由
成立に争のない甲第一号証、原審並に当審証人河口弘の証言を綜合すれば、控訴人は昭和二十三年九月末頃訴外極東産業株式会社(以下単に極東産業と呼ぶ)との間に、代金は同年十月八日出荷と同時に支払ふ約束の下に代金二十万九十五円に相当する松脂を売渡す旨の契約を締結し、控訴人は約束通り右代金に相当する松脂を出荷して極東産業へ送付したところ、極東産業は約旨に反して代金を支払はず、同年十二月十四日控訴人に対し右代金債務に対し同月五日から一个月三分の割合による遅延損害金を支払うことを約束した事実、極東産業は昭和二十四年二月十七日控訴人へ金五万円を支払つたので控訴人は右金額の内金一万二千八百六十円八十銭を昭和二十三年十二月五日から昭和二十四年二月十四日迄の遅延損害金に充当し残額三万七千百三十九円二十銭を売買代金の元金の内へ充当した事実、控訴人は右残代金十六万二千九百五十五円八十銭及これに対する昭和二十四年二月十八日から完済に至る迄約定遅延損害金の利率を利息制限法所定の利率に迄引下げた年一割の割合による遅延損害金の債権について極東産業を相手方として静岡地方裁判所へ請求訴訟を提起し同裁判所昭和二十四年(ワ)第八八号事件に於て昭和二十四年五月二十五日控訴人勝訴の判決の言渡を受け同判決は同年六月二十日確定した事実を認めることが出来る。
よつて控訴人は極東産業に対し、右残代金に昭和二十四年二月十八日から同年九月五日迄年一割の割合による遅延損害金八千八百二十六円七十七銭を加へた合計金十七万千七百八十二円五十七銭の債権を有するものと言はなければならない。
次に極東産業が国(特別調達庁)に対し売渡代金二十六万六千五百八十六円五十銭(JPNY四五一七フイラバインダーペーパーの納入代金)の債権を有していたところ、昭和二十四年二月十四日右債権を被控訴人へ譲渡した事実は当事者間に争がない。
尚成立に争のない乙第一、二号証、原審証人牧野四郎の証言により真正に成立したものと認める乙第三、四号証、原審証人高野武二、原審並に当審証人牧野四郎の証言により真正に成立したものと認める乙第五号証、前記両証人の証言(但し後段認定に反する部分を除く)を綜合すれば、被控訴銀行は清水支店を通じ昭和二十三年十一月二十七日清水市にある極東産業の本店に対し金十五万円を利息を日歩金三銭弁済期を同年十二月二十五日と定めて貸付け、右貸付に際しては物的担保並に人的保証もなく、唯極東産業が国(特別調達庁)に対し納入したフイラバインダーペーパーその他の代金債権(当時極東産業は金七十万円前後存在すると言明した)を被控訴人に対し、極東産業を代理して取立てることを委任し、被控訴人はこれが取立によりその債権の弁済を受けることに諒解が成立していた事実、極東産業は期限に弁済しなかつたので被控訴人は極東産業から委任を受けこれを代理して特別調達庁に債権の支払を求めたが支払を受けられなかつたので、合意の上取立委任を止め前段説示のとおり昭和二十四年二月十四日被控訴人の極東産業に対する前記貸金、これに対する遅延損害金、及び右取立のために被控訴人が要した費用の弁済のため、尚右金額を超える部分については単に取立を委任する趣旨で当時残存していた極東産業が国(特別調達庁)に対するJPNY四五一七フイラバインダーペーパー納入代金残額金二十六万六千五百八十六円五十銭の債権を被控訴人へ譲渡した事実、被控訴人は同年四月六日特別調達庁から右譲受債権全額金二十六万六千五百八十六円五十銭の支払を受け、貸付金十五万円昭和二十三年十二月二十六日からの遅延損害金四千五百九十円取引高税証紙その他取立に要した費用金一万六千九十六円五十銭の弁済に充当し残額金九万五千九百円については、これより先極東産業に於て右返還債権を十万円あるものとして半額宛加瀬沢勇及び渡辺仙太郎に譲渡し、極東産業から被控訴人に宛て右両名に右返還債権を五万円宛譲渡したという通知が来ていたので同年四月八日右両名に各四万七千九百五十円を支払い、これにより譲受債権全額についての決済を完了した事実を認めることが出来る。
そして被控訴人は取立委任については実際の手続に煩わしさがあつたので前段説示のとおり債権の譲渡を受けたものであり、債権取立の方法こそ違うがその実質は債権を取立てゝ弁済に充当する目的は同一であるから債権を譲渡したからと言つて何等極東産業の財産関係に不利益を来すものでもなく、極東産業に対する債権者の権利を詐害するものではないと主張するので判断するに成立に争のない甲第三号証の一、二、当審証人宇井勉、松本義人、河口弘の各証言によりその真正に成立したことが認められる甲第四号証、弁論の全趣旨に照し真正に成立したものと認める甲第六号証原審並に当審証人河口弘、当審証人松本義人、宇井勉の各証言を綜合すれば、極東産業は昭和二十三年三月頃設立せられ清水市に本店を置き、同年六月頃東京都に支店を設け営業を開始したところ、同年九月頃から資金難と経営難のため債務の弁済支払を渋滞し始め、同年秋頃は全く支払不能のためこれを停止するに至り東京支店は昭和二十三年十二月頃、本店は昭和二十四年二月頃閉鎖するに至つた事実、極東産業の財産状態は昭和二十三年九月頃債務約二百五十万円に達し、資産としては特別調達庁に対する納入代金債権約九十万円の外訴外西村某に対する金十五万円位、訴外苛性曹達株式会社に対する金二十万円位の債権を有するのみで他に何等の財産もなく、又以上の債権の内特別調達庁に対する分丈は回收の見込確実であつたがその他の債権は回收の見込全くなく取立不能であつた事実、極東産業の債権債務の関係は昭和二十三年九月当時と営業を閉鎖するに至つた昭和二十四年頃とは全く同一であつた事実、極東産業の社員は設立当時は約十七、八名のところ閉鎖当時は本店支店を通じ僅かに三名であつた事実、被控訴人は極東産業が期限に債務を弁済しなかつたので約旨に従い特別調達庁に対する納入代金債権の取立の委任を受け極東産業の代理人として特別調達庁に対し右代金の支払を度々請求したところ、委任によつて代理して取立てる手続が煩雑であつた許りでなく、被控訴人の外他の債権者二名に対しても、被控訴人に対すると同様に、極東産業から債権の取立委任がしてあつたので取立請求者が競合した関係もあり尚納入代金額が判然確定した支払を受け得ることに決定したのは昭和二十四年一月頃であつたため、被控訴人は容易にこれが取立が出来ず困惑した結果前段説示のとおり債権譲渡が行われるに至つたものである事実がそれぞれ認められる。
そうしてみると、以上のような極東産業の資産状態の下に於て、且被控訴人に於て取立を委任せられていたとしても他に取立の委任を受けて競合する請求権者もあり到底支払を受け得られない場合に於て、仮令自己の債権の弁済を受けるという目的が同一であるからと言つて単に債権の取立を委任せられていた状態と更に債権が譲渡せられた状態とを比較してみて、極東産業の財産状態には何等の差異がなく、極東産業に対する他の債権者に取つて、その利害関係が全く同一であつて他の総債権者の権利を毫も害さないものと考えることが出来ない。
即ち前段認定によれば、昭和二十四年二月十四日当時極東産業は事業不振のため営業を中止し債務は約三百万円(控訴人並に被控訴人の債務を含めて)に近いのに唯一の資産としては特別調達庁に対する債権がある丈で他に何等の資産もなく、然も右債権を全部回收しても到底債務完済に足りない以上右特別調達庁に対する債権は総債権者の唯一の共同担保となつていたものと言うべく、然も債権取立の委任を受けていたのは被控訴人丈ではなく他の二名の債権者も債権の取立委任を受けて居り、被控訴人は前段認定のとおり到底取立の委任によつては債権の取立が出来ない事情にあつた場合に更に進んで新たに債権譲渡を受けることは、総債権者の共同担保を減少せしめ、債権者の一人である被控訴人丈に優先して通常行われる債務の弁済と異なる特異の方法により債務を弁済する結果となり、結局他の債権者の権利を害するものと言わなければならない。
よつて右債権譲渡行為は極東産業の債権者を害する行為であると認めるところ、被控訴人より極東産業に対する金十五万円の融資は前段認定のとおり清水支店を通じ極東産業の本店に対してなしたる事実、(清水市のような小都市に於て取引がなされる場合銀行業者としては取引先の相手方の営業状態は直ちに気がつくのが普通であると考えられる点)原審並に当審証人河口弘、牧野四郎、当審証人松本義人、宇井弘の各証言(但し後段認定に牴触する部分を除く)を綜合すれば、被控訴人は極東産業が期限に債務を弁済しなかつたので清水支店の支店長代理(貸付係長)高野武二をして昭和二十四年二月上京せしめ極東産業の東京支店に於て極東産業の専務取締役松本義人に交渉せしめ債権取立の手続を採らしめ同道の上特別調達庁に対し債権取立のため請求をなさしめたところ他に債権の取立を委任せられた債権者等があつて支払を受けられなかつた事実、高野武二は債権取立のため並に債権譲渡の交渉のため再参上京して極東産業と折衝した事実を認めることが出来る。而して銀行業者が無担保、無保証の貸付金が期限に弁済されず唯一の弁済方法である債権取立も予期のとおり行われず社員を度々上京せしめて交渉しても目的を果し得ないような場合その資産状態を既に知つている場合は格別、直ちに調査するのは普通であり、殊に前段認定のとおり極東産業に於ては本店支店と共に営業を休止して両方を通じ社員僅かに三名に過ぎなかつた以上少くとも高野武二は極東産業の営業の休止、支払停止の事実は直ちに気付いていたものと認められる。以上認定の経過よりすれば少くとも被控訴人は極東産業から債権の譲渡を受けた当時極東産業の前記資産状態は知つていたものと認めるを相当とすべく、然らば被控訴人に於て極東産業の唯一の資産である特別調達庁に対する債権を譲り受けるに於ては当然極東産業に対する他の債権者を害するに至るべきことは当然予知していたものと言わなければならない。原審証人高野武二、原審並に当審証人牧野四郎の証言中被控訴人が極東産業の資産状態を知らなかつたとの部分その他前記各認定に反する部分は到底採用することは出来ない。
然らば本件債権譲渡行為は詐害行為としてこれが取消を求める請求は理由がある。
次にその取消の結果原状の回復として控訴人の求める給付の請求は、前段認定によつて明かな如く、被控訴人は特別調達庁から支払を受けた金二十六万六千五百八十六円五十銭の内、被控訴人の債務に対し弁済せられ結局被控訴人が取得した金員は金十七万六百八十六円五十銭で、金九万五千九百円は極東産業に対する債権者加瀬沢勇、渡辺仙太郎に対し債務の弁済として支払われたものであるから被控訴人が前記債権譲渡により利得しその利得が現存するものは結局金十七万六百八十六円五十銭に過ぎない。
よつて総債権者の利益のために前記債権譲渡行為の取消を求め且その利得の返還を求める控訴人の請求は右金額並にこれに対し本件訴状が被控訴人へ送達せられたことが記録上明白な昭和二十四年九月二十日から完済迄年五分の遅延損害金の支払を求める限度に於て理由があるがその余は理由がないとして排斥する。
されば当裁判所とその所見を異にして控訴人の請求を全部排斥した原判決は一部不当であり本件控訴は一部理由があるから原判決を変更すべきものとし、尚仮執行の宣言を求める申立については主文認容の限度に於て採用しその余は理由がないものとして却下し、民事訴訟法第九十六条、第九十二条、第八十九条、第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺葆 浜田潔夫 牛山要)